こんにちは。春名佑紀です。
学期末になると、必ず話題になるのが「通知表」
我が家でも「通知表」は大イベントでした。
私の小学校の頃の通知表の特徴は、
1学期→2学期→3学期と、『大変良い』が見事に減っていくという
だんだん化けの皮がはがれてくるタイプの子どもでした。
さらに、私の頃の通知表は、所見欄も結構辛辣なことが書いてあったので、
私の場合は、「落ち着きがない」だの「よくしゃべる」だの、いまだ変わらない性格の数々が
羅列してありました。
さて、今日はそんな通知表のお話。
私が子どものころ戦々恐々としていた通知表を実際に書く側になっていろいろわかったことがあります。
そこで今回は、通知表の作成方法とその見方について解説しちゃいます。
通知表とはどんな位置づけなのか
まず、どの学校でも必ずあり、子どもを通して保護者にわたされる通知表ですが、実は作成義務はないのです。
ないなんてところは聞いたことがありませんが。
一方作成しなければならないものに「指導要録」というものがあります。これは、公的文書で卒業後その一部は20年間も保存しなければならないものなのです!!
細かい内容は省きますが、この指導要録の指導に関する記録の部分は、通知表と似たような形式になっています。通常は、通知表を作成し、その内容をもとに、指導要録を作成しています。
理由は2つ
①通知表は学期ごとの作成のため、より細かいデータが必要となる
②指導要録は保護者からの開示請求があった場合、見せなければならない
という事情があるので、通知表と指導要録に大きな乖離があってはまずいのです。
指導要録は1年間まとめての記録のため、結構通知表の抜粋みたいに作成されています。まあ、公式文書で必要だから作っているという感じです。
なので、評価のメインは通知表ということになっています。
通知表の付け方
では、次に通知表をどのようにつけているかについてお話しします。
(今回は小学校についてお話しします)
ポイントは『観点』と『絶対評価』という点です。
観点:新学習指導要領に変わり、評価の観点が3つになりました。
①主体的に学ぶ態度
②知識・技能
③思考力・表現力
例えば、これを具体的に単元に落とし込んで見てみると…
例)3年生:かけ算の筆算
①主体的に学ぶ態度
発言はノート記入などを通して学びに積極的に取り組んでいる。さらに、習ったことを活かしている。
②知識・技能
かけ算の筆算のやり方がわかっている。かける順番や繰り上がりの位置などを踏まえて、正確に計算ができる。
③思考力・表現力
かけ算の筆算の方法やなぜそういう考え方になるのかを説明できる。
といったところでしょうか?
こうして、授業をした単元や時間ごとに3つの観点を評価し、記録しておきます。
それを学期内に行った内容をすべてを合わせてそれぞれの観点の評価が決まるのです。
絶対評価:「できている」「できていない」の2段階評価
もう一つが絶対評価ですが、これは、ある基準に対して「できている」か「できていない」のどちらかになります。
小学校の場合は、3段階評価で
「大変よい」「よい」「もう少し」
の3つだと思います。(◎・○・△の場合もある)
上の絶対評価のカットラインは「よい」と「もう少し」の間です。
つまり、「よい」にチェックが付いていれば、学期を通してその観点は概ねOKだということです。
しかしこの「よい」の中には、もうーちょーできる子とギリギリ「もう少し」を免れた子が一緒になっています。そこで実態に合わせて特に優秀な時に「大変よい」という評価が付くのです。
そうなるとこの「大変よい」というのは、かなりレベルが高いことがお判りいただけるのではないでしょうか?
そう簡単に「大変よい」が付くわけではありません。
なので、教員は、この3段階の境目、基準を明確にして日々の評価を行うことが求められています。
通知表の見方 ~見るときのポイントとは
では、通知表を見るときは、どこに注目すればいいのでしょうか?
通知表には教科の評価が載っている面と生活全般や総合所見が載っている面と2つに分かれていると思います。それぞれ見方が違うので、分けていきましょう。
教科の評価(学習の3段階評価)
先程、教科の評価の付け方でお話しした通り、まずは「よい」なのか「もう少し」なのかという点に注目してください。
「もう少し」がついているということは、その学習内容(もしくは教科全体)が習熟度に達していないことを表しているので、そこは確認が必要です。
また、「もう少し」がついて観点が「①主体的に学ぶ態度」についている場合は、授業態度が悪いとか、ちゃんとノートを取らないとか、能力ではなく態度に問題があるという場合あります。
教科にそれぞれある3つの観点のうちどれが態度なのかわからない場合は、学校に問い合わせてみるといいでしょう。
もう一つが「大変よい」の扱いです。
教育に熱心な保護者であれば、やはりここが気になるところだと思いますが、「大変よい」が付くには、学級全体の1割から2割(観点によって差があります。)
イメージとしては、学期を通して、テストでほぼ100点を取り続け、授業中も積極的に発表している子ですね。テストの点数だけでないところが重要です。
極端に言うと、すごく頭がよくて、難しい問題もすらすら解けるけど、授業態度が悪く、「学校の授業なんて受けられっかー」みたいなとがっている子は「大変よい」は永遠につかないということです。
つまり、小学校における学習面の評価は
児童の学力を表しているわけではない
ということです。
まあ、だからといって、「大変よい」がなくてもいいというわけではありませんが、この点を踏まえてお子さんの通知表を見ていくと見え方が変わってくるのではないかと思います。
教科以外の評価(所見による評価)
通知表には、もう一つ、所見(文章で表すもの)評価があります。学校や地域によって仕様は違いますが、道徳・外国語活動(3・4年)・総合的学習の時間と全体所見と最大で4つの項目で文章が載せてあると思います。
教員にとって、この所見を考えることは結構大変です。
最近ではデジタルが進み、パソコンで入力するようになったので、訂正は楽になりましたが、文字数の調整ができないソフトも存在し、なかなかストレスです。
また、所見のネタが多いこと少ない子といるのも事実で、成績の時期になると頭を悩ませています。
そんな裏事情は置いといて、この所見を見る際ですが、誤解を恐れずいうのであれば、
ほとんどいいことしか書いていません
いつの頃からか、良いことをピックアップして書きましょう的な感じになったので、9割8分はいいことです。
よほどやばいという場合は、婉曲表現を使って書いています。直接的には書かれていません。
例えば
「〇〇について、継続的に声を掛けていきます。」 とか
「〇〇の場面については、行動に変化が見られました。」
などといった今後の展望や限定的な場面での見取りなどを通して、ポジティブな表現へと変化させています。
なので、所見を読む際は、いいことばかりであったとしても、「これはどういう意味か?」を考えてみると先生の意図が見えるかもしれません。
全体を総合的に考えると、
小学校における通知表というとは
評価というより
学習や生活の記録
と考えた方がいいと思います。
小学生ですから、よい・悪いの評価をして子どもの可能性をつぶしてしまうのは良くないと考えるのは一理あると思います。
教員は万能ではありません。
人が人を評価するというのはそれだけ重いことです。
お子さんの通知表の中には、その子のいいところと懸命に見つけようとした担任の思いが詰まっています。できればそこを見ていただけると多くの時間を割き、通知表を作成した甲斐があるのかなと個人的には思います。
まとめ
いかがでしたか?
最後はちょっと教員としての思いみたいなものを載せてしまいましたが、通知表がもっとライトなものになるといいなと思っています。
日本は、この通知表に重みを感じすぎるところがあります。
もっと、保護者の方も気楽に考えていただけた方が、通知表もその本質が生きてくるように思います。
通知表は通過点でしかないので、ふーんそっかーくらいでお子さんの通知表を見ていただけると
いいのかなと思います。
何かの参考になれば嬉しいです。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
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