子どもたちの「生きる力」⑤ 自分を表現する力

教育全般

こんにちは。春名佑紀です。

これからの子どもに必要な力をどんどん書いていきます。
持論展開の第2弾はこちら。

自分を表現する力

こちらも少し日本人が不得意とする分野かもしれません。
(外国と比べて)

以前、
「日本人に話をさせるのと、インド人を黙らせるのは、同じくらい大変だ!」

という話を聞いた。
もののたとえだが、それだけ日本人はあまり自己主張をしない
とされている。

でも、人間には「自己表現」という欲求が存在する。

欲求と書くと誤解されそうだが、
その裏には「承認欲求」が隠れている。

つまり、私たち人間が自分を表現しようとするのは、
自分という存在に気付いてもらい、認めてほしいという気持ちの表れなのです。

また、現代は、ネットやSNSといったコミュニケーションツールが充実していて、
自分を表現する方法が以前に比べて格段に増えました。

表現に必要なものがこれだけ揃ったとすると
次に考えなければいけないのが、「使い方」です。

そもそもの話になりますが、
「表現する」のに必要なフェーズがあります。

①表現したいもの (感情、知識、主張、情報、感覚、存在、・・・)
②表現したい相手  (家族、友達、特定の誰か、地域、社会、国、世界、・・・)
③表現する手段  (言葉、文字、態度、本、ネット、絵、音楽、作品・・・)

ちょっとざっくりとした分け方ですが、表現する際はこれらのことを念頭に置いて考えていくわけですが、この中で一番大事なものって何だと思いますか?

 

 

①なんですよね。

表現の根本にあるのは、「自分」です。
これがないと、相手を選んでも、手段を選んでも、あまり意味はありません。

自分の何を表現したいのかを明確にすること
最優先になります。

そして、子どもたちにとって一番表現させたいのが

「感情(気持ち)」です。

表現する際に、最も難しいのがこの「感情(気持ち)」です。

小さい子どもは、自分の気持ちを表現する術をもっていないので、
最初は、「泣く」ことで訴えます。
それから言葉を覚えますが、幼稚園や保育園などでは、うまく言葉を使いこなせず、手が出るということがありますよね。

この時期に、子どもはすごい勢いでボキャブラリーを増やします。
だんだん、自分の気持ちを言葉にすることを覚え、
幼稚園や保育園では、言葉で表現することを辛抱強く指導していくのです。

この際に大事なことは、

大人が先回りして気持ちを決めつけない

ということです。
もどかしくても、時間がかかっても、子どもが自分から気持ちを表現出るようにすることが必要です。

とかく、親や周りの大人が、

「〇〇ちゃんは、こう思ったのよね。」

と決めつけてしまうと、子どもは、自分の気持ちとそれが食い違っても甘んじてしまいます。
そうすると、自分の気持ちに向き合わなくなってしまいます。

また、自分が表現しなくても勝手に察してくれるので、表現力が身に付きません。

どんなにたどたどしくても、つたなくても、自分で伝えるということを身に付けることが大事です。

そうして、小学校に上がると、子どもを取り巻く社会が一気に広がります。
自分を意識できるようになったら、次は相手を意識できるようにします。

同じことをいうでも、相手によって表現方法を変えていかなければなりません。
それを友達などとぶつかりながら身に付けていくのです。

嬉しい
悲しい
痛い
腹立たしい
○○がしたい
△△がしたくない
好き
嫌い
欲しい

といった単純な感情を小さい頃から伝える経験は、
その後自分の複雑な感情に触れたときに、
自分と向きあう下地になります。

例えば、思春期になり好きな子ができたとき。

Aさんのことが好きだから、告白して付き合いたいな。
でも、言って振られたら悲しいし、同じクラスで気まずいし。
でも、これ以上友達のように接するのもそろそろ限界だし、
もしかしたらうまくいくかもしれないし、
BさんもAさんのことが好きだって言ってたから、先を越されたくないし、
でも、振られたら立ち直れないかも・・・。

ちょっとうざかったですか?

相談されたら、きっと

「じゃあ、あんたはどうしたいんだよ!!」

って聞くパターンですね(笑)

成長すれば、ただ単純にあーしたい、こーしたい、と簡単に表現できるものではなくなってきます。
さらに社会人になれば、周りとの調和を取りながら自分を表現する度合いのさじ加減を測るようになります。

つまり、

自己表現とは、自分と向き合うこと

なのです。
(はい、名言きました。)

 

なぜ、わざわざこういう話をもってきたかというと、
先程、ネットやSNSというコミュニケーションツールのことを取り上げましたが、
これは実は諸刃の剣なのです。

自分を表現する方法が増えるということは、以前より表現力を高めることを可能にしますが、
自分と向き合うことを疎かにしてしまいがちになります。

例えば、最近ネットニュースには閲覧者のコメントが付きますが、
言いたい放題の現状があります。

それはただ、感情を垂れ流しているだけで、表現でも主張でもありません。

コメントを見ることで、様々な意見に触れたり、同じ意見をもつ人に共感したりという人とのつながりを強くする側面はありますが、それは一方で誰が見ているかわからないという「表現する相手」を蔑ろにしているのです。

表現の自由というのが権利がありますが、それは何を表現してもいいというものではありません。

自由には必ず責任が伴います。

小さい頃に、自分が放った一言が誰かを傷つけるかもしれないという経験は、表現をするうえでとても大切なことです。

言いたいことを言い続ければいいというものでもないし、
かといって、言わないで腹に抱えておいた方がいいというものでもありません。

伝えたいことは何か、
伝えるべきことは何か、
誰に、どのように伝えると伝わりやすいか、

表現する際には必ず必要な視点です。

これを身に付けるためには、小さい頃にたくさん人と話して自分の感情と向き合い、表現方法を磨くことが大事です。

もちろん、発達段階や個々の特性に応じて、感情の表現に助けが必要な場合もあります。

でも、せめて小学校に入ったら、親や大人が代弁するのは卒業したいですね。

 

ちょっと「自己表現」を1つの記事で論じるのは無理があったかな~。
コミュニケーションや子ども同士のつながりとも関連してくるので、根は深い話です。

人は、自分を理解してもらいたいと思う生き物なので、
失敗が許されるうちに、友達とぶつかりながら自分の表現力を上げていくといいと思うのです。
そのフォローをするのが周りの大人の役割。

何を言いたかったのか、
どう表現すればよかったのか、
その経験が必ず生きてきます。

そのためには、大人も表現力を身に付けておかないといけませんね。

 

今回はこの辺で。

「生きる力」シリーズ、まだ続きます。

ありがとうございました。
あなたの人生を応援しています。

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